アミに惹かれるジミー
ジミーは、『スラムダンク』のおかげで、もともと少し日本語ができましたが、アミとの出会いをきっかけに日本語を猛勉強します。アミもまた、ジミーから中国語を教えてもらいます。「你很帥!」(カッコいいよ!)
台湾人が日本語を勉強するきっかけ
台湾人の日本語習得率は、台湾社会の中で比較的高いとされています。これは歴史的、経済的、文化的な要因により、台湾で日本語が学ばれる機会が多いためです。以下は、台湾人が日本語を学ぶ主なきっかけとなるパターンです。
- 歴史的背景
台湾は1895年から1945年まで日本の統治下にあり、この期間中に多くの台湾人が日本語を学びました。この影響は現在でも続いており、特に年配の世代では日本語を話せる人が多くいます。 - 経済的な要因
日本と台湾の経済的な結びつきが強く、日本企業が台湾に多く進出しています。ビジネスや就職のために日本語を学ぶ人が多く、日系企業で働くために日本語の能力を求められることもあります。 - 文化的な影響
日本の文化、特にアニメ、マンガ、映画、音楽などが台湾で非常に人気があります。これらの文化に触れることで、日本語を学びたいという動機が生まれることがよくあります。 - 教育環境
台湾の学校では第二外国語として日本語が選択できることが多く、学生時代から日本語を学ぶ機会があります。また、日本語能力試験(JLPT)を受験する学生も多く、教育機関での日本語学習が広がっています。 - 旅行
台湾から日本への観光客は非常に多く、日本を旅行する際に日本語を少しでも理解しておきたいという動機で学び始める人もいます。 - 人間関係
台湾では日本人と結婚するケースや、日本人との交流があるために日本語を学ぶケースも多く見られます。
これらの要因が組み合わさって、多くの台湾人が日本語を学び、習得しています。
36歳のジミーと18歳幸次の出会い
36歳のジミーは松本から長野駅。長野駅で飯山線に乗り換えて新潟まわりで福島県只見町を目指します。途中、アミと出会った頃の自分と同じくらいの年齢である幸次(道枝駿佑)に出会い、「一回きりの人生思いっきり楽しみたい」と言う彼に、自分が18歳のころは思いつきもしなかったと感じるジミー。そんな時、幸次に促されてトンネルの出口を待つと、そこはジミーが見てみたかった一面の銀世界だった。
ニューエイジ代表の幸次
台湾の経済成長期を駆け抜けた世代をジミー、バブル崩壊後の日本世代をアミとするならば、幸次は日本のニューエイジであり、「自分探し」や「自己肯定」の呪縛から解放された、その屈託のない天真爛漫さは、羨ましく感じるとともに、「希望」でもあります。ジミーは幸次と出会い、この旅に「希望」があることをかすかに感じ始めます。
台湾も日本もlineで繋がれる
ジミーと幸次は途中でお別れしますが、きちんとline交換してました。台湾でもlineが主なコミュニケーションツールとなっているので、台湾人と友達になるのは簡単です。台湾人は日本人よりもオープンにline交換をします。台湾旅行で道を教えてもらったり、お店で仲良くなった店員さんがいたら、line交換してみましょう。友情が続けば、旅行が終わってからも、いつでも二つの世界を行き来できるのです。
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